ミサトとシンジの物語

 巷で噂もちきりのヱヴァ劇を見て参りました。以下ネタバレ全開につき未見の方は閲覧しないことをお勧めします。「続きを読む」タグで切り分けしとくんで。尚、はてな内の感想等についてはこのへんが、TV版との対比についてはこのへんが詳しい。

総論その1

 新劇場版第一弾である「序」を一見して強く感じたのは、今作が葛城ミサト碇シンジの物語だということだった。全体としての配役に基本的な変化はない。話の大筋もそれほど変わっているわけではない(ラストシーンを除いて)。決定的な違いがあったのは人間関係の部分だろう。以下、シンジの視点で各主要キャラを簡単に総括する。

碇ゲンドウ赤木リツコ

 この二人は大きく後退した。ゲンドウはシンジをほとんど可換的な道具的存在としか見なしていないし、リツコはシンジとコミュニケーションを取る素振りが殆どない。根本的な立ち位置が鮮明化されたと考えることもできるが、寧ろシンジの心象世界に於いて二人が背景化の傾向を強めたと看做すべきだろう。現にシンジは途中から「父さん」と殆ど云わなくなっていた。

鈴原トウジ相田ケンスケ

 シンジとの関係性が強化された。トウジがシンジを殴るシーンはほぼ旧作通りだが、対シャムシエル戦後にシンジがトウジを殴り返し、「これで貸し借りなしや」→握手、というシーンが追加された。そして、ヤシマ作戦直前に二人がシンジに電話するイベント。「碇…いや、シンジと呼ばせて貰うで」「頼むで」「頑張れよ」という励ましが、旧作との大きな違いを感じさせる。学校で常にヘッドホンを付けっ放しにするなど離人的な描写も強まる中、たった二人とはいえ物語の初期段階で真っ当な友人関係を構築できたことは、シンジ自身の人間的変化・成長の暗示にほかならない。旧作では最後まで対等の関係を結べなかった彼等との繋がりや交流は「破」以降のシンジに少なからぬ影響を与えてゆくだろう。既にシンジはかつてのように孤独ではない。

綾波レイ

 描写にはさほど違いがない(お色気の追加等はあったけど)。序盤ではシンジとの交流が希薄で、ゲンドウ/ゼーレサイドから接触強化が図られるほどだった(リツコからの指示でIDカードを綾波へ手渡すことになったくだりはそれを受けている)。以後も対ラミエル戦中に治療を受けたシンジを病室で見守っていた等の描写はあったものの、旧作からの大きな変化とは受け取れなかった。ただ「笑えばいいと思うよ」を受けてゲンドウのフラッシュバックなしにシンジに微笑み返した等、多少なりとも心境の変化を伺わせる部分はあった。彼女が今の段階でゲンドウ寄りなのかシンジ寄りなのか未だ判断に迷うところだが、その疑問は未だ見えざる碇ユイの存在が物語に如何なる影響を与えるのかという根源的なトピックスへと繋がってゆくのだろう。或いは、EoEで舞台から退場した彼女はもう再登場はしないのかもしれない。

葛城ミサト

 彼女の変化は鮮烈だった。ほぼ全編に亙ってシンジの強力な支援者・保護者として機能している。時折感情を剥き出しにしてシンジを叱責したりするものの、大人としての、作戦担当者としての毅然とした態度を貫いている。且つ、そうでありつつシンジの反撥と逡巡を把握し、彼をセントラルドグマへと導くことまでした。そして自分達も死線に立っていること、シンジが敗れれば人類は破滅すること、彼が選ばれたのは運命としか云いようがないがそうであるからこそ自分のベストを尽くさねばならないこと、自分達とシンジは一蓮托生である事を諭し、繋いだ手を通して信頼と願いを彼に託す。あのシーンはまさしく白眉だった。そしてもう一度乗ると云ったシンジに対して「それだけで充分。頑張ってね」とエールを送り、作戦中に業を煮やしてシンジ更迭を指示したゲンドウに「ご自分の子供を信じてあげてください」と公然と反旗を翻す。旧作では内面的理由から家族ごっこに拘泥し、シンジへの主体的フォローを殆ど行わなかった姿とはまるで別人といえる。
 また、それ以外の描写でも人間的な成長を感じさせるシーンが多く見られた。バーのシーンでリツコの愚痴を皮肉っぽく受け止めるミサト(役割が逆転している)。シンジの反撥を受け厳しく突き放しつつ、彼の姿が見えなくなると苛立ちと歯痒さをぶつけるように自分の頬を張るミサト(旧作では手を上げていたシーンだ)。入浴シーンで「使徒を倒してのに全然嬉しくないのね、私」と自分の問題として頭を悩ませるミサト(旧作ではシンジに対する他人事じみた言及だった)。その他、随所で階級上昇(一尉→二佐)と人間的余裕を感じさせる描写が見られた。其処には自分と他者との関係性を昇華しきれずに子供のように右往左往していた姿はない。あたかも姉のようにシンジを支え、ネルフの枢要に居る者として責任と権限に応じた態度を示せる、大きく成長したミサトがいる。漸く年齢なりに内面的成長を遂げる事ができたというべきか。三石が庵野にガッツリ演技指導を受けたらしいが、それだけの甲斐ある内容だったと云える。ぶっちゃけ、超萌えたw

碇シンジ

 彼も旧作と同じ姿ではない。はっきりと成長した部分がある。自らの意思を(後ろ向きな形ではあっても)より明瞭に示すようになった。他者への不満や怒りもストレートに表現している。そこに以前のひ弱さはない。結果としてミサトとより激しく衝突することになるが、対話の果てに自らの決断を明瞭に表明することができた。驚くべき変化だ。
 無論自らのレゾンデートルの問題にケリをつけたわけではないし、ポジティブな形で決断を行っているわけではない。しかしトウジやケンスケとの一件を見ても彼がより豊かな主体性を手に入れたことは明らかだろう。初出撃前に苦悶するレイに急いで駆け寄ったシーン、自らミサトの許へ連れてゆけと宣言するシーン(つまり自分に尾行が付いていることを自分で確認していたわけだ)等々、まだまだ駄々っ子っぽくはあるにしても意思表示を明確にできるようになっただけでも随分とマシだ。与えられるカードが旧作と全て同じだったとしても、今回の彼はまた違う道を歩むだろうと期待できる。

渚カヲル

 ラストシーンにて初登場。タイミング早いっす。いきなり月面でマッパを晒すホモぶりを発揮。どうやら月の裏側に色々とガラクタが置かれてるようで物語の不安感を倍増させます。大道具置き場よろしく旧作のリリスとか転がってるし(今回セントラルドグマに安置されてるリリスは多分別物。仮面がサキエルそっくりだし。そういえば胸の傷が、旧作のミサトの傷そっくりだったな…)。EoEで巨大綾波が首ちょんぱされた時の血の跡が残ってるし。クレーンその他諸々の人工構造物、そそり立つゼーレモノリス等々仕掛けの匂いがプンプンします。そして今作がループ物ではないかという仮説を強力に裏打ちする台詞。次回6号機に搭乗して地球降臨。ムーンチャイルドは物語になにを齎すのか。

総論2

 今作がループ物であるか否かという問題について。傍証はこのへんとかこのへんとかに沢山書いてあるんでそちらを参照して貰うとして、では仮にループ物であり再演者がシンジであるとして今後の展開は一体どうなるのか。
 予告編で「次第に壊れてゆく碇シンジの物語」と語られていたように、再演を主導するシンジにとってもまた不本意な展開を強いられることはほぼ約束されていると云える。物語が旧作から大幅に組み替えられ、新たな苦難がシンジを襲うことも暗示されていた。それでも、旧作のような内にこもる陰気な話にはならないだろうと俺は予測する。

再び碇シンジについて

 何故なら、シンジは以前のシンジではないからだ。例えば今回のミサトの姿をシンジが望んだ有り様だと仮定しても、彼がミサトに望んだのは無条件の庇護者ではない。旧作にもましてミサトはシンジに自己決定と決断を強く迫っている。且つ、そうでありながら彼の一個の人間としての決定を尊重し、上級者に反抗してまで彼を守ろうとしている。シンジが望んだのは庇護者ではなく理解者だったということだろう。その点、ゲンドウやリツコとの距離が大きく開いたことは象徴的といえる。シンジは彼らにそういった役割を期待していないのだ。其処に在るのは明確な「他者」であり、自我の外に対置される存在だ。その明快な理解と割り切りは、シンジが新たな地平を進む姿を予感させる。
「破」でのアスカ登場は既に予告されているが、二人の邂逅以降もシンジはまた新たな一面を見せてくれるだろう。主体性を徐々に獲得しつつある彼とアスカの衝突は非常に楽しみではある(アスカがどのような性格をもって再登場するのか未だ不透明ではあるが)。

再び葛城ミサトについて

 一方今回大きな成長を見せたミサトは、加持の帰還によって大きな試練に晒されるだろう。彼女にとって加持は過去の象徴だ。一旦は喪われた筈でありながら、再び後ろ髪を引かれる思いを生じさせずにはおかない亡霊でもある。しかし加持自身はおのれのトッププライオリティをミサトには置いておらず、それがもたらした結果はミサトに身を裂かれるような苦難をもたらした。この試練を乗り越えることができれば(それは過去もろとも彼を峻拒することでもよいし、有無を言わさず縒りを戻し傍らに繋ぎ止めることでもよい)、今度こそミサトはシンジの最も強力な同盟者、物語の主役の一人として屹立することができるだろう。

その他雑感

  • 岩男潤子の声が別物。喉を潰したってのは本当だったんだなあ。その他、山口由里子長沢美樹はかなり声的に厳しかった。慣れればそういうもんかと思ったが。
  • ビルや戦自の描写など、デジタルセルの恩恵を受けられる部分のクオリティが凄いことに。もう動く動く。銀幕で観ると迫力が格別だね。
  • 描写のひとつひとつが、なんでシンジがエヴァに乗るのを嫌がるのかが良く解る形に。サキエルとの初戦なんかAT接続されたまんま電子レンジで延々と炙られてたしね。そりゃイヤだろう。一回目は頭をカチ割られかかり、二回目は土手っ腹を二箇所串刺しにされ、三回目は電子レンジじゃあさ。
  • 避難所のシーン等が追加され、エヴァが負けたら本当に終わり、という感じが強く出ていた。ヤシマ作戦に向けた流れにいい緊張感が。
  • マヤ文明は実に目立たず。今回、メインキャラにスポットを強めに当てたせいでサブキャラは全般に割を喰ってます。委員長とか日向青葉コンビとか。
  • ラミエル萌え。これは云っておかなければならないww シャムシエルのぐねぐね動く足も萌えた。
  • 保安部を振り回しつつピンク街の片隅で段ボールハウスを寝床にするシンジ萌え。いつの間におまえそんなにワイルドになったんだ!
  • ヒッキーの主題歌、どうなることかと思っていたら実はしっくり合っていた。これはほんとに予想外。いい仕事すんなあ。
  • 新作映像で何度も見られた、瞼を伏せて目を逸らすシンジがエロすぎる件について。
  • いつかネルフカードでソープに行ける身分になりたい(何
  • 他にも色々あるけどきりがないのでこの辺で。

とりあえずの締めとして

 正直、10年前の作品のリメイクと看做されて苦戦を強いられるだろうと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば意見は様々だが大入り満員。それに、これを観ちゃったら「破」は観に行かない訳にはいかないだろう。初戦で庵野は大捷を収めたと云える。あちこちのblogで超長文の考察エントリが書かれていることがその証左だろう。他の如何なるアニメーションであっても、ここまでの反応を引き出したものはついぞなかったのだから。