性転換エヴァンゲリオン 第参話 『鳴らない、電話』 脚本(Aパート)

 11万hit御礼であります。それにしても、また間が空いてもうた。作業ペースが上がらないことに忸怩たる思いが。できるだけのことはしておるのです。今はこれが精一杯(声:山田康雄)。

承前

 以下のシナリオは、原則として『EVANGELION ORIGINAL I』の書式に準拠して作成されています。但し、ビデオ収録版と差異がある場合にはビデオ版の描写に優先的に準拠しています。また、オリジナルの表現も含まれております。予めご了承下さい。


■第参話「鳴らない、電話」
脚本/薩川昭夫庵野秀明
EPISODE:3 A transfer

 第参話は学園編。これ以降レギュラーとなる鈴原トウコ、相田カナが登場。彼女らとシンコとの対立。そして、新しい環境に適応できぬシンコのドラマを描く。
 薩川昭夫は、劇映画「屋根裏の散歩者」等を手がけた脚本家。「ふしぎの海のジャン」にフィルム編集として参加したこともあり、GAINAX作品ではお馴染みのスタッフである。TVアニメの脚本の執筆は、これが初めてだった。

Aパート

○初号機・エントリープラグ内
  シンコの顔(F・I*1)。


リツトの声「おはよう、シンコちゃん。調子はどうだい?」
シンコ「慣れました…悪くないと思います」
リツトの声「それは結構。エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、回収スポット。全部頭に入ってるね?」
シンコ「たぶん」
リツトの声「では、もう一度おさらいしよう。通常、エヴァは有線からの電源供給で稼動している。非常時に体内電池に切り替えると、蓄電容量の関係でフルで一分、ゲインを利用してもせいぜい五分しか稼動できないんだ。これが僕達の科学の限界…ってワケ。わかるね」
シンコ「はい…」
リツトの声「では昨日の続き、インダクションモード、始めるよ」


  起動音が響き、体内電池の活動限界が5:00からゼロに向かってカウントされる。
  初号機はビル街に屹立し、パレットライフルを構え、第三使徒と対峙している。


リツトの声「目標をセンターに入れて、スイッチ・オン」


  パレットライフルの銃口から閃光が迸り、目標に火線が向かう。
  しかし、上方に外れる。


リツトの声「落ち着いて。目標をセンターに」
シンコ「スイッチ」


  今度は目標に命中。使徒は地響きを立てて倒れ、爆発する。


リツトの声「次」


ネルフ本部・エヴァンゲリオン用巨大実験ホール
  だが肉眼で確認する限りは、そのような状況はない。
  制御室から初号機の体内電池による作動状況を見ているリツト。
  ヴァーチャル・リアリティによるシミュレーションだったのだ。
  連続して爆発音、モニターの初号機は次々に敵を破壊していく。


○同・制御室
  ガラス越しにマサト、リツト、伊吹が初号機の稼動状況をチェックしている。


伊吹「しかし、よく乗る気になってくれましたね、シンコちゃん」
リツト「人の言う事には大人しく従う。それがあの子の処世術じゃないかな?」
マサト「いや、どうでもよくなってるんだ。逃げ出さないのは有難いけどな…」


  規則正しい爆発音が連続する。


○(フラッシュバック)マサトのマンション
  前夜のシンコとの会話。


マサト「(ビール片手に)だいぶエヴァにも慣れてきたみたいじゃないか?」


  ほろ酔い加減のマサトに対し、仏頂面のシンコ。
  食事当番はシンコだったようで、テーブルの上にはまともな食事。


マサト「ま、注文つけるとすりゃ、命令聞いてから操作に移るのがもう少し早けりゃな…」
シンコ「しょうがないですよ…私には向いてないんですから。好きで乗ってるわけでもないし…」
マサト「おいおい、そりゃ聞き捨てならんなぁ。君は全人類の命を背負ってるんだぜ? 少しは自覚持てよ。そんないい加減な気持ちで乗ってたら、あっという間にお陀仏だぞ?」
シンコ「いいですよ、別に…私はいつ死んだって…」


  マサトの表情が変わり、ビール缶をテーブルに叩きつける。


マサト「なに寝惚けたこと云ってんだ! 簡単に死んでもいいなんて云うもんじゃない!」


  シンコ、驚いた表情。
  その後、気を遣ってくれた事に気付き、頬が緩む。

マサト「それに、君は大切なパイロットなんだ、もう自分ひとりの身体じゃないんだぞ!」


  その言葉にシンコの表情が一変する。
  食事の途中なのに席を立つ。


シンコ「わかりましたよ、もう。…要は、敵に勝てばいいんでしょ?」
マサト「シンコちゃん!?」
シンコ「ごちそうさま。私、もう寝ます」


  力任せに閉じられる襖。


○制御室
マサト「ありゃ、まずったな…」


○初号機・エントリープラグ
  制御装置のボタンを押しているシンコ。
  目が死んでいる。


シンコ「目標をセンターに入れて、スイッチ(スイッチに力が入ってる)。目標をセンターに入れて、スイッチ。目標をセンターに入れて、スイッチ目標をセンターに入れて、スイッチ。目標をセンターに入れて、スイッチ…」


  ひたすら台詞を繰り返しながら、カチカチとボタンを押し続けるシンコ。

サブタイトル『第参話 鳴らない、電話』(黒バックに白字)


○マサトのマンション・マサトの部屋
  朝の光、鳥の声。電車の音。
  (OFFで)朝のTV番組の音。
  控えめに柱を叩く音(ノック)があって、シンコが襖を開ける。


シンコ「ねえ、マサトさん。もう朝なんですけど…」


  呻き声と共に夏蒲団が動き、中からマサトの声が聞こえてくる。


マサト「…さっきまで当直だったんだ…今日は夕方までに出頭すりゃいい。だから頼む、寝かせてくれえ…」
シンコ「じゃ私…(と、襖を閉めようとする)」
マサト「今日、木曜日だっけか…(布団から手だけ出して)燃えるゴミ、頼む…」
シンコ「(ゴミ溜めのような部屋を改めて見て)はい…」
マサト「学校のほうはもう慣れたかい?」
シンコ「ええ…」
マサト「そうか…行ってらっしゃい」


  「行って来ます」とシンコ、襖を閉める。


○マサトのマンション・外
  ゴミ置き場にビニール袋を置くシンコ。他の袋は、ない。
  電話のコールがINする。


○マサトのマンション・マサトの部屋
  顔も出さずに、右手だけで電話を取るマサト。そのまま夏蒲団の中へ持っていく。


マサト「(眠そうに)はい、もしもし…ンだよ、リツトか…」


ネルフ本部・リツトの研究室
  机の上にはノートPC。本と資料。眼鏡。猫の置物。
  そして、吸殻で満杯の灰皿。満杯のコーヒーカップとコーヒーメーカー。


リツト「どうだい、彼女とはうまくいってるかい?」


○マサトのマンション・マサトの部屋
マサト「彼女? ああ、シンコちゃんか。転校して二週間。相変わらずさ。未だに、誰からも電話、かかってこないんだよ」


○リツトの研究室
リツト「電話?」


○マサトのマンション・シンコの部屋
  机の上に置いたままの携帯電話。


マサトの声「随分前に携帯、渡したんだけどさ…」


○シンコの通学路
  工事中の道。穴のまわりは柵と赤ランプ。鉄板で蓋がしてある。
  朝っぱらからうるさい工事音。ホイッスルの音。
  生徒たちの登校風景。
  数人のグループ。離れて一人歩くシンコ。


マサトの声「自分で使ったり、誰かから掛かってきた様子、ないんだ。それに、叔母さんの所からも、彼女の方にも俺の方にも全く連絡がない。十年以上面倒を見てたんだから、様子聞いてきてもよさそうなもんなのにさ」
リツト「そうだね…」
マサトの声「あの子、もう此処にしか居場所、ないんじゃないか? なのに、友達いなさそうなんだよな…」


○リツトの研究室
  かなり広々としている。


リツト「シンコちゃん、どうも友達を作るのには、不向きな性格かもしれないな」


○中学校(始業前)
  朝の光。蝉の声。ゲタ箱が並んでいる。誰もいない。


リツトの声「ヤマアラシのジレンマって話、知ってるかい?」*2
マサトの声「ヤマアラシ? あのトゲトゲのか?」


○学校・教室
  始業前の生徒たちの点描。
  お喋りしている男子生徒たち、寝ている者、ファッション雑誌を読みながら髪をいじりあっている女子生徒たち、漫画を読んでいる者、定規をギターのネックに見立てて陶酔している者、学級日誌をつけている洞木ツバサ−−等々。
  ツバサ、日誌のキーを押す。欠席欄の「綾波レイジ」の名前が続く。欠席者の数が一瞬、増えたかと思うと、今度は「綾波レイジ」と「鈴原トウコ」の名前が続く。
  ツバサ、習慣的に二人の名前を入れる。
  フト顔を上げると、クラスの雰囲気から隔絶して一人で窓外を見ているレイジがいる。
  頭に包帯、片目に眼帯、右腕はギブスをしている。
  ツバサ、レイジの名前を消す。
  入ってきたシンコ、自分の席に向かう。
  シンコ、レイジを暫く見やり、席につく。


リツトの声「(OFFで)ヤマアラシの場合、相手に自分の温もりを伝えたいと思っても、身を寄せれば寄せるほど身体中の棘でお互いを傷つけてしまう。人間にも同じことが云えるんだ。今のシンコちゃんは、心の何処かでその痛みに怯えて、臆病になっているんだろうね」
マサトの声「(OFFで)ま、そのうち気付くさ。大人になるってことは、近づいたり離れたりを繰り返して、お互いがあまり傷つかずに済む距離を見つけ出すってことにな…」


カナ「ぶぁーん、だだだだだだだだ、どぅわーん」


  重戦闘機の模型で遊ぶカナ。
  それを自分の持つカメラのファインダごしに眺めている。
  手を止めたところで、ピンボケのツバサが重戦闘機の背後に。


カナ「なに?(カメラを下ろして)委員長?」
ツバサ「昨日のプリント、届けてくれた?」
カナ「え? う…うん…」


  と言いながらプリントを机の奥に押し込むカナ。


カナ「(目線をツバサから逸らしながら)や、なんかトウコの家、留守みたいで」
ツバサ「相田さん、鈴原と仲いいんだろ? 二週間も休んで、心配じゃないのか?」
カナ「大怪我でもしたのかなァ?」
ツバサ「ええっ!? 例のロボット事件で? テレビじゃ一人もいなかったって…」


  ツバサの目線。カナを超えて、向こう側のシンコを見ている。


カナ「まさか。鷹巣山の爆心地、見たっしょ? 入間や小松だけじゃなくて、三沢や九州の部隊まで出動してんのよ? 絶対、十人や二十人じゃ済まないよ。死人だって…」


  N2爆雷投下地点。地面が大きく抉られている。
  場面転換し、教室の扉がガラリと開かれる。


カナ「…トウコ」
ツバサ「鈴原…」


  鈴原トウコが教室に入って来て自分の席につく。
  ツバサ、欠席者欄からトウコの名前を消す。


トウコ「(教室を見回し)なんや、随分、減ったみたいやなァ」
カナ「疎開よ、ソカイ。みんな転校しちゃったよ。街中であれだけ派手に、戦争されちゃあね」
トウコ「よろこんどるのはアンタだけやろな。ナマのドンパチ見れるよってに」
カナ「まぁね…トウコはどうしてたの。こんなに休んじゃって。こないだの騒ぎで巻き添えでも喰ったの?」
トウコ「(カナのカメラファインダごしに)弟のヤツがな」


  フラッシュインサート−−第弐話のBANK。暴走する初号機。崩れるシェルターの天井。
  ハッとするカナ。


トウコ「弟のヤツが瓦礫の下敷きになってもうて…命は助かったけど、ずっと入院しとんのよ。ウチんとこ、お父んもおジイも研究所勤めやんか。今、職場を離れるわけにはいかんし。ウチがおらんと、アイツ、病院で独りになってまうんや」


  トウコ、憤懣やるかたない様子。


トウコ「しっかし、あのロボットのパイロットはホンマにヘボや。無茶苦茶腹立つわ。味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ」
カナ「それなんだけど…聞いた? 転校生の噂…」
トウコ「…転校生?」
カナ「(自分の席でヘッドホンをかけているシンコを指差し)ほら、アレ。トウコが休んでいる間に転入してきた子なんだけど…あの事件の後にだよ? 変だと思わない?」


  ガララッとドアの開く音。
  ドアの所に初老の先生。


ツバサ「起立!」


○同・廊下
  過疎化が進む学校。カメラPAN。何もない教室。次に机が積み重ねてある教室が続く。
  OFFで教師の講義する声が、聞こえている。


○教室(授業中)
先生「あー、このように人類は、その最大の試練を迎えたのであります。20世紀最後の年、宇宙より飛来した大質量の隕石が南極に衝突。氷の大陸を一瞬にして融解させたのであります。海洋の水位は上昇し、地軸も曲がり、生物の存在をも脅かす異常気象が世界中を襲いました。そして、数千種の生物と共に人類の半数が永遠に失われたのであります。これが世に言う『セカンド・インパクト』であります。経済の崩壊、民族紛争、内戦…その後生き残った人々もありったけの地獄を見ました。だが、あれから15年、僅か15年で私達はここまで復興を遂げることができました。これは私達人類の優秀性もさることながら、皆さんのお父さん、お母さんの世代の血と汗と涙と努力の賜物と言えるでありましょう」


  生徒たちは「アーア、またか」とうんざりした様子で聞いてるフリをしている。
  興味のない様子で授業が終わるのを待っていたシンコ。
  自分のパソコンのディスプレイでCALLの表示が音と共に点滅しているのに気付く。
  教壇から隠れるように受信のキーを叩くシンコ。
  『碇さんがあのロボットのパイロットというのはホント? Y/N』と表示がある。
  シンコ、キョロキョロとあたりを見回す。
  後ろの方の席の女子二人がシンコを見ながらヒソヒソ話をしている。
  軽く手を振る一人。
  女子の一人が自分のパソコンのキーを叩く。
  『ホントなんでしょ? Y/N』の文字。
  シンコ、YESと答える。
  その瞬間、クラス中が総立ちに。大きなどよめき。


先生「その頃私は根府川に住んでましてね…今はもう海の底に…(窓の外を見ながら喋り続けている)」


ツバサ「おい、みんな! まだ授業中だろ! 席についてください!」
女子生徒「あー、そうやって直ぐに仕切るゥ!」
男子生徒「いーじゃんいーじゃん!」
ツバサ「よくなーいっ!」


  ひとり興味なさげに窓の外を見遣るレイジ。
  シンコの周りにワッと集まる生徒たち。


シンコ「あの、その…」
女子生徒「ねぇねぇ、どうやって選ばれたの?」
女子生徒「ねぇ、テストとかあったの?」
女子生徒「怖くなかった?」
女子生徒「操縦席って、どんなの?」
シンコ「いや…あの…そういうの、秘密で…」
男子生徒「えーっ、なんだよそれー」
女子生徒「ねぇねぇ、あのロボット、なんて名前なの?」


  カナ、シンコの言葉を聞き取ってそれをパソコンに打ち込んでいる。


シンコの声「よくわからないけど、みんながエヴァとか初号機とかって…」
男子生徒「エヴァ? 必殺技は?」
シンコの声「なんとかナイフって言って…振動が…超音波みたいに…」
女子生徒「でも、すごいわ。学校の誇りよねー」


  以下、無責任にシンコを褒める女子の賛辞の言葉が続く。


先生「…で、ありますから…」


  生徒の騒ぎも我関せずと授業を進めていた先生。
  終業のチャイムが鳴る。


先生「お? ああ…では、今日はこれまで」
ツバサ「起立! 礼! …おい! みんな、最後くらいちゃんと…」


  シンコ、ごまかしの愛想笑いを浮かべている。
  カナ、トウコの方を見る。
  トウコ、物凄い目でシンコを睨み付けている。
  カナのヤバイなあというような表情。


○同・裏庭(1時限終わりの中休み)
  パァン。(OFFでSEのみ)
  よろけ、真っ赤な頬を押さえるシンコ。トウコの平手が震えている。


トウコ「済まんなぁ、転校生。ウチはアンタを殴らないかん。殴っとかな、気が済まへんのや」
カナ「ごめんね。このあいだの騒ぎで、この子の弟さん、怪我しちゃって。…ま、そういうことだから」
トウコ「チヤホヤされて、エエ気になってんちゃうわ。今度やるときゃ、足元よう見て戦えや」


  シンコに背を向けて、去ろうとするトウコ。


シンコ「私だって、乗りたくて乗ってるわけじゃないのに…」


  トウコ、踵を返し、カナを押しのけてシンコの胸倉を掴む。
  目を合わせないシンコ。
  憤怒の表情で、今度は強烈なパンチを見舞うトウコ。
  無様に転倒するシンコ。
  トウコ、そのまま大股で立ち去る。
  それを追いかけるカナ。


シンコ「もうやだ…やだよ…」


  空。仰向けで、手で顔を覆って泣いているシンコ。
  近づく足音。
  いつの間にか、レイジがシンコのそばに来ている。


レイジ「非常召集。先、行くから」


  レイジ、手も貸さずにシンコを置いて、行ってしまう。
  その時、サイレンが鳴る。
  涙と鼻血を拭い、立ち上がるシンコ。血の付いた左手。


アナウンス「只今、東海地方を中心とした関東、中部の全域に特別非常事態宣言が発令されました。速やかに指定のシェルターへ避難して下さい。繰り返しお伝え致します…」


  水平線の彼方から近づいてくる第四使徒

余談

 教室のシーン、噂話をしたり囃し立てたりするのはやっぱり女の子だろうと考え、敢えて名無しのクラスメイトは性別転換をしませんでした。男子生徒に群がられるのもアレだろうしwww

*1:「F・I」はフェード・インの略。この場合は、画面を次第に明るくしてシーンを始める映画の手法のこと。

*2:ヤマアラシのジレンマ」とは、ショウペンハウエルの寓話に由来する精神分析用語である。