甲子園には魔物が棲んでいる

 百物語の企画ネタでもう一発。飯を喰いながら甲子園を見ていたら脳内アンテナが月の裏側のクレーターからの電波を受信。解読したらこの有様。阪神に悪意はないんです。藤村富美男排斥の頃から本当に面白い球団だなぁと…qあwせdrftgyふじこlp

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 ゲームセット。爆発する歓喜。泣き崩れるナイン。整列、サイレン、挨拶。今年も甲子園の夏は熱い。それを僕は銀傘の下で、カチワリをぼりぼりやりながら眺めていた。辺見部長の道楽で毎年付き合わされているが、暑くてかなわない。泳ぐ視線が、ついつい売り子のお姉さんのヒップラインを舐めるように追いかけていたとしても、誰がそれを咎められようか。そうとも、僕は健全な俗物なのだ。
 確かに高校生によるノックアウト方式の戦いには、プロ野球にない必死さと清冽さがある。けど、家でテレビ観戦じゃいけないのか。部長に云わせると「ブラウン管越しにこの熱気が伝わるか、高校生活一番の見せ場で煌く彼等の情熱が伝わるか」なんだそうだが。彼の脳内ではこれも課外活動ってことになってるらしい。なんの冗談か酔狂か。ヤクルトファンのくせに。
 甲子園を去るチームのナインが、泣きじゃくりながらベンチ前で袋に土を詰めていく。これもお馴染みの光景だ。想い出の土。青春の証。まるで無念を拾い尽くすかのように、両手で土を掻き集めていく。
 ふと気になって部長に尋ねた。甲子園のグラウンドの土って、一体何処から持ってきてるんですかね?
「国内から黒土を、中国かどこかから白砂を持ってきてブレンドしてるって話じゃなかったかな。つまりありゃ一部メイドインチャイナってわけさ。けどな…」
 部長は、まるで子供がとっておきの悪戯を開陳する時のような、いやーな笑いを浮かべた。僕はぞっとした。彼がこの表情を浮かべて碌な事になったためしはない。
「ちょっと涼しくなるような噂があってな。ある時、ああやって土を集めてたヤツが指先にゴツッと当たるものに気が付いて、周りの土を払ってみたんだと。そうしたら、コンクリートの破片みたいな砂利と、錆びた鉄骨の欠片みたいなもんが出てきたってことだ」
 トラックの荷台ででも紛れ込んだんでしょう。グラウンド下の土台が露出したのかもしれないし。
「続きがあるのさ。そいつはその晩宿舎でどうしても寝付けなくて、想い出の甲子園をもう一度見とこうと夜中にここまで来たんだそうだ。外周に沿って記憶に刻み込むように歩いた。で、そのうち妙な音が聞こえるのに気が付いたらしい。がり。がり。がりがり。まるで爪で何か固いものを引っ掻くような音がな。不審に思って近づいてみたら、自分のチームメイト達がユニフォーム姿のままで外壁に取り付いて、恨めしそうな顔で蔦を掻き分けて壁に爪を立ててたんだそうだ。泡を喰って止めようとしたんだが、何度やっても相手に触れない。なのに、外壁は少しずつ削り取られていく。がりがり。ぼろぼろ。どんどん地面に砂礫が溜まっていく。爪を剥がしたのか、あっちこっち黒い染みが落ちた砂礫が。見回してみると、自分の前の試合で負けたチームも、後の試合で負けたチームも、同じようにがりがりやってやがる。おっかなくなったそいつは、一目散に宿舎に逃げ帰ったんだそうだ」
 与太も大概にしましょうよ。百歩譲ってもそいつの見間違えでしょう。
「まあお前のいう通り、さっきまでがりがりやってた筈のチームメイトは、全員布団ですやすや寝てたんだとよ。朝になってから念の為に訊いてみても、お前は何を云ってるんだの一点張り。しかし、そいつはどうしても気になった。で、確かめずにはおれなくて開場前に甲子園に行ってみたわけだ。零れ落ちてた砂礫は何処にもなし。こりゃあ本当に悪い夢でも見たのかなぁと思いつつ、まぁ最後だから葉の一枚でも失敬しようと思って蔦を引っ張ったんだ。そしたらなあ、隙間から見えちまったんだ」
 何がですか。
「外壁のあちこちに残る蚯蚓腫れみたいな爪痕がさ。古いのも新しいのも、長いのも短いのも。焦ってあっちこっち蔦を掻き分けてたら、球状職員がおっかない顔して走ってきて、羽交い絞めにされて御用。他の職員が丹念に蔦を元に戻してるのを尻目に、そいつは事務所に引っ張られてしこたま御小言を喰らったとさ。神聖なる甲子園をいかに考えておるか、と」
 当たり前でしょ、そんな不審なことして。それに、あの蔦は甲子園の景観の一部ですよ。勝手に引っ張ったり毟ったりしちゃダメでしょうが。
「ところが、さ。その次の日から甲子園は外壁をぐるっと囲んで突然補修工事を始めたんだそうだ。今もそうだろ? 蔦はパネルに書いてあるだけだ。けどな、ゆうべお前がさっさと寝ちまった後で、俺も興味本位で行ってみたのさ、深夜の甲子園に」
 趣味が悪いですね相変わらず。
「ヒュードロドロは残念ながら拝めなかったよ。工事関係者も勿論いない。住宅地が近いからな。けどな、聞こえたんだよ。パネルと外壁の隙間から。ガリガリガリガリって音と、勝つぞ勝つぞっていう囁きがな。甲子園は幼稚園の砂場や*1だの、つむじ風のような男やった*2だの、何処かで聞いたような呟きも聞いたような気がするがね」
 シャレになりませんよ。甲子園でそういう不謹慎なジョーク飛ばすのやめてください。
「そういえば山村よ。86年から91年までの間*3、それと95年から02年までの間*4、甲子園は一度も大規模な改修工事をやってないんだ。その間、タイガースの成績がどうだったか、お前覚えてないか?」
 部長のニヤニヤ笑いは止まらない。僕は周囲の視線を感じて大いに体温が下がるのを自覚した。確かに納涼だ。このうえない。後のことは知らないが。

*1:93年、野田浩司とのトレードで入団した松永浩美が吐いたとされる暴言。翌94年、松永はホークスへ移籍。尚、現在ではこの暴言は記者による捏造であるとされている。

*2:97年、300万ドルで契約を結んだ元レッドソックス外野手マイク・グリンウェルが、故障と「神のお告げ」を理由に出場僅か7試合で現役引退を表明した際の吉田監督のコメント。阪神はまるまる4億円を騙し取られたも同然という格好になった。

*3:3位,6位,6位,5位,6位,6位。

*4:6位,6位,5位,6位,6位,6位,6位,4位。